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あいまいな境界の風景

20090924.jpg どこまでが野原で、どこがあぜ道で、どこからが田んぼか。くっきりした線引きが無い風景って、最近見かけないような気がします。

備北丘陵公園の大きな広場に、たしか、池があったのですが、広場から池の境目に柵も無くて、なだらかに池になっていたと思います。まるで絵画のようでした。それ以来、境界線がはっきりしない風景が、なんだか良いなあと思うようになったのです。

家の横の芝生から排水溝に区切られたりせずに小道になって、そのまま山の中へ向かっている。その途中には家を見下ろすように墓が建っていて、そこもブロック塀なんかで仕切られていない。

そういえば、昔々は、食べ物を手に入れることがそのまま仕事だったのですね。あ、仕事という感じでも無かったかもしれない。朝起きて、食べ物を採集したり捕獲したり、育てたりする作業をして、それを食べて寝るのが一日。公私という分け方も無く、今日の24時間が、明日の24時間のためにあって、それを死ぬまで繰り返すのが、暮らしというものだったのでしょう。今は、時間が色々な種類に区切られています。仕事の時間、家族の時間、自分自身の時間などなど、これ以上無理なくらいに細々と。

当然、街も細々と区切られているわけで、それもほとんど直線です。そういう風景になれてしまっていると、少し田舎へ行くと、とても新鮮です。時間も少し長く感じられたりします。

考えてみれば、自然界に直線ってないし、くっきりした境界というのもないですよね。もしかしたら、あの世とこの世の境界とかも、結構、あいまいだったりするのかも・・・しれないよ。

あ、後ろっ!

フツーライフ :: 09-09-24 :: すえもとふさこ

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