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就職論そのに

20090910.jpg 若者の早期離職の原因は、本人の希望や資質と仕事のミスマッチであると言われて久しいです。そのため、次男や末っ子は中学生の頃から、将来何がしたいのかを、授業時間を使って考えさせられました。適性テストをしたり、先生が面接をしたりしながら。

最初は、最近はすごいんだねって思っていました。こういうのは必要だねとも思っていました。ただ、中学生で将来やりたいことが見つからなくても、まだ余裕があったのです。先で、コレになりたいと思った時に困らないように、勉強だけはしておけと言っていれば良かったですから。ですが、高校生になると、なりたいものが見つからないことが、本人にとって不安に変わっていくのです。

真面目に考えれば考えるほど、相当なプレッシャーです。何もないことが、いけないことのように追いつめられてしまう。見つけられない自分が駄目な人間に思えて来る。あせりまくっている本人に、先生は「自分の好きな事でええんよ。やりたいこと、あるじゃろ?」と優しく言うのですが、それがまた追い込むことになってしまう。

そんなことの繰り返しの中で、仕事というものは、自分が好きと思えるものを選ばなければいけないと思い込むようになってしまうのかもしれません。

この世の中に、どれだけの種類の仕事があって、それが自分に向いているかどうか、わかっている人がいるのでしょうか?乏しい知識の中で、あの仕事が、この仕事がと言ってみたところで、仕方のないことのように思えます。

明日定年を迎えるような年齢の人に、自分に一番適した職についていましたかと尋ねたら、多分、答えられないと思います。もっと、いい仕事があったかもしれないと答える人もいるでしょうし、まあまあ良かったと答える人もいるでしょう。それほど、わかり難い事が、高校生や大学生にわかるはずが無いと思うのです。

向き不向きなんてね、やってみないとわからないです。才能の芽だって、どこに隠れているやらわからないです。何かの拍子にかき分けた草むらから、ヒョコッと顔をだすかもしれません。

自分自身のことに限って言えば、高校生の頃、嫌で嫌でたまらなかったことばかりしています。

まず、文章を書くこと。いかに上手に改行して文字数を少なくするかばかりを考えていましたが、今は文章書きも仕事です。まあ、何文字以内に収めるという制限がついた時に、当時の小ずるさが役に立っているかもしれません。

次に美術。絵を描く、何かを作る、美術史、何もかもが大嫌いでしたが、今、フライヤーとかポスターのレイアウトとかやってます。

政経なんて教科は消えて無くなってしまえと思っていましたが、今ではそれも仕事の範疇に入っています。経理の仕事なんて私には絶対に出来ないと思っていましたが、望んで簿記2級を取って税理士事務所にいたこともあります。

何のバチが当たったのだろうというくらい、嫌いだったことばかりしています。どれも考えがあって始めたことではなく、せざるを得なくなって始めたのですが、今は嫌ではありません。苦手意識の残るものはありますが、まずは許容範囲内です。

人間てね、変わるものなのですよ。成り行きまかせだったり、一念発起だったり、お尻に火がついたりしながら、変わっていくことが出来るものなのだと思います。もう、性格まで変わってしまいましたから、私。中学を卒業して15年後の同窓会なんて大変でした。あまりの変わりように、大丈夫か、何かあったのかって真顔で心配されたくらいですから。

だから、深く考えることも必要ですが、あまりしつこく長く考えることはないと思います。ガーッと考えて答えが見つからなかったら、もう、放っておきましょう。で、目の前のことを片付ける。それが勉強なら、取りあえず良い点を取っておく。それが面接なら、本音をぶっちゃけて、「就職したいんです!雇ってください!」と飛び込んでおく。とかね。

何の仕事だかわからなくても、とにかく始めてしまえば、もしかしたら隠れた才能が芽を出すかもしれません。別の場所に芽があるのが、見えてくるかもしれません。

適性テストや面接ノウハウなんかの詰め込みすぎで、頭が栗頭先生のようになってしまっていては、その狭い部屋から外に出ることも出来ません。

頭を空っぽにして、とにかく、そこから外へ出て行こうよ。

って、どこか自分に言い聞かせてるところが・・・あるなあ。説得力・・・ないかなあ。

コムツカシイハナシ :: 09-09-10 :: すえもとふさこ

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