TeaTimeWeb

ら抜きことば

20090906.jpg 日本語の乱れのひとつとして「ら」抜き言葉があげられています。私も、この前、ナレータープロダクションの社長に、「見れるじゃなくて、見られる」と指摘されて、すみませんとすぐに言い直しましたが、ちょっと待って、これは標準語のら抜きではなくて広島弁もしくは備後弁だったの!

少なくとも三原では、「見る事が出来る」ことを「見れる」と言います。もちろん、「見られる」とも言います。また、「見られますか?」と言うと、「ご覧になりますか?」という意味にもなります。

もちろん文章として書く時は「ら」は抜きません。あと、アウェーに出た時は、多分ちゃんと喋っていると思いますよ。ホームにいると、どうしてもダメですね。気が緩んでしまいます。

方言だとわかっている言葉でしたら、気をつけて使い分けるようにもできますが、標準語だと思っていたのに通じなくて初めて方言だと知ることもありますよね。

二十歳の頃、東京に行って店員さんと話をしたとき、「東北の人?」って聞かれたことがあります。方言を使わないように意識しすぎて、変な喋り方になっていたのでしょうね。東京で止まられず行き過ぎてしまいました。その頃は、方言を使う事がとても恥ずかしいことだったのですが、今は違います。方言がカワイイそうで、出身でもないのに気にいった方言を使う人がいるそうです。時代は変わった。

文部省が方言を止めて標準語に統一しようという教育をしていた時期があって、その頃から方言が失われていったようです。その時期には私もその教育を受けていたはずなのですが、記憶にはありません。無意識にしみ込んでいたのでしょうか。

ですから、私くらいの年齢(50前)の人は、方言が話せる最後の年代なのだそうですよ。確かに、普段使わないけれど知っている方言も含めて、少し年下の人に知らないと言われて驚くことがあります。そんな時は、すごく年を取ったみたいでイヤ〜な感じがします。年下の人に対してではありませんよ。「あ〜、通じないんだぁ〜」と軽く脱力してしまうだけです。

家族に高齢者がいると、タイムスリップした子ができます。学校で話す時、時々わからないと言われることがあるらしい。でも、それが恥ずかしいと思う事はないようです。私たちが子どもの頃は、恥ずかしいという気持ちはありましたね。それが、文部省の教育の結果だったのでしょうか。

今では、すっかりオバサンになったので、梅田やら六本木やらでも平気で広島弁を使います。いや、敢えて使っているかも。それも、バリバリのヤツを。なんか、面白そうでしょ?そんなことない?

フツーライフ :: 09-09-06 :: すえもとふさこ

Trackback

このブログ記事へのトラックバックURL :: http://www.tt-w.net/mt/mt-tb.cgi/223

最近の「フツーライフ」

HOME