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柔道の石井選手は新しい水夫

20080909.jpgまだひと月前のことなのに話題にすると古い感じがしてしまうオリンピックの話で恐縮です。特に好きというわけではないけれど、つい見てしまう競技、柔道。だったのですが、ここ何年も見ていません。なんだかもう柔道ではなくなってしまいましたね。やっぱり、背負投げやら巴投げやらで一本取りに一直線に突き進むのが柔道というものではないのかっ?

まあ、柔道一直線だのいなかっぺ大将なんていう年頃なせいか、襟を掴んで組まないと柔道に見えないんです。今のはなんだかまるでレスリングで、そんなに変えちゃうんならレスリングと一緒にすりゃいいじゃん?と思うのです。そして、見ていると腹が立ってくるのでスポーツニュースでチラ見するくらいにしていました。だから谷本選手の一本勝ちを見た時はとてもうれしくて、久しぶりに柔道を見たような気がしました。やれば出来るじゃないか、まだまだ日本の柔道を見せられるじゃないか。

それとは別なところで、金メダルを取った石井選手。この子もあまり好きではありません。年令が我が子とあまり変わらないので、どうしても「この子」って感じで見てしまうから、よけいにイラッとくるのかもしれませんね。

とにかくエラソウに話すのに常識をしらない。私が親だったら毎日電話して、お前はもうしゃべるなと説教するくらい、なんだかイライラしてしまう。なのですが、ちょっと違う見方をする人がいて、嫌なんだけど認めざるを得ないのかも・・・と。

アクセスというPodcastingでえのきどいちろうさんが話していたのですが、彼が言うには、

今の世界の柔道の状況は、ちゃんと組み合ってやるものではなくなってしまって、柔道着を来たレスリングのようになってきていて、日本の道場でやっていたら「それが柔道か!」とおこられちゃうようなやつが、世界ではアベレージになってきている。その中で、変わり者の石井選手が、一番国際競争力がある。

しゃべっているのをまとめたので、多少ニュアンスは違ってしまってるかもしれませんが、概ねこんな内容でした。

柔道に対しても、石井選手に対してもそんな見方は全く持っていなかったので、びっくりしました。最初は、人それぞれ色々な見方があるもんだねぇ・・・と思っていただけなのですが、なぜか頭から消えません。いつもどこかしら頭の隅っこにある良い意味での違和感。そのうち、ふと頭に浮かんだのが、吉田拓郎の「イメージの詩」の歌詞。

古い船を動かせるのは古い水夫じゃない。歌詞をそのまま載せるとマズいので端折ってますけど、まあそんな歌詞です。柔道が古い船で、世界で競技されているルールが新しい海。そして、石井選手は新しい水夫。古い船に乗り込んだ新しい水夫が新しい海に漕ぎ出しているのかもしれない。

それはそれで良いのかもしれない。いろんなものが時代とともに少しずつ変わって行く。これは、今に限ったことではなくて、奈良時代とか平安時代とかもっともっとそれ以前から、少しずつ少しずつ、変わってきたものなのでしょうから、これから先も変わって行くものなのでしょう。

でも私は、襟を掴む柔道が好きですし、石井選手はもう少しなんとかならんのかと思うのです。

コムツカシイハナシ :: 08-09-09 :: すえもとふさこ

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